2003-05-07 第156回国会 参議院 憲法調査会 第6号
もし現在、非武装解釈に戻ったというならば、当時お取りになられた、村山委員長のお取りになった態度というのは間違いだったのか。こんなことを一般国民に分かりやすい形できちんと説明する責任があるのではないか、この点を非常に疑問に思うわけであります。 私は、ここで両党のイデオロギーを批判しているわけではありません。イデオロギーは全く自由であります。
もし現在、非武装解釈に戻ったというならば、当時お取りになられた、村山委員長のお取りになった態度というのは間違いだったのか。こんなことを一般国民に分かりやすい形できちんと説明する責任があるのではないか、この点を非常に疑問に思うわけであります。 私は、ここで両党のイデオロギーを批判しているわけではありません。イデオロギーは全く自由であります。
御承知かと思いますが、村山内閣が発足したときに、いわゆる自社さ政権のときに大きくそういう基本政策を転換しておりまして、当時の村山委員長でありますが、総理でもありましたけれども、現在の自衛隊は憲法の枠内にあるというおっしゃり方をしましたし、日米安保条約も、維持するというんじゃなくて堅持するという、より強いトーンでおっしゃいまして、党内が大混乱した経過がございます。
その上で、その後の状況の中で、先生からまたちょっとぱちんとパンチが飛びましたが、いわゆる戦後の社会党と、それから石橋元委員長の話、それから、名前は出ませんでしたが、村山総理なり村山委員長のところまで行くのかわかりませんが、そういう話がありました。
当時、村山委員長が、米の市場開放には反対だが、部分自由化はやむを得ないものとして苦渋の選択をすると声明したわけですが、そのときの怒りと悔しさというものは今もまざまざと覚えております。そのときに非常に感じたのは、国論が二分しておったということでありまして、こういう問題に取り組むときにはやはり国論が一つになっていくことが非常に大事だということを痛感しました。
その安保条約を私どもはずっと長い間の中で、村山委員長のときに、安保条約を私ども認めるということを全体で言いました。これは当然国際的に交わしたものであり、国会で承認された条約を認めないというふうなばかなことを今まで言っておった。これはおかしいと。
我が党の村山委員長が、自民党の皆様の支持を受けて首相に指名されました。当時、私は社民党執行部の一人として、解散し民意を問うべきではないかと思った。しかしながら、当時の熱病的とも言える政治改革、実は今日の小選挙区制が残っただけでありますけれども、その政治改革法をつぶすのかという声の中で、意見を述べることがかなわず、少数党出身の総理大臣が民意を問うことなく国政を担うことになりました。
このときには、当時連立政権の中にいました社会党が、村山委員長以下、政権の離脱も辞さないということで大反対をいたしたために、たった一日でこの案は撤回されたのであります。厳密に言うと、三十四時間後には細川総理がこの案を撤回をしたわけであります。 その後、私ども、村山政権のもとでいろいろとこの税制問題を議論いたしましたときに、自民党、社会党、そしてさきがけの連立三党は、ぎりぎりの調整をいたしました。
ところが、どういうわけか、今までこんなことに、国民の声に一番反応なすって国民の声を代弁なさる、名前は変えた社民党さんも、一言一句変えないという村山委員長の指令が出ているという、これもわからない非常識でございます。 そして常識的には、日本経済の再構築のために今大蔵大臣がおっしゃったのであれば情報開示をすべきです。まだまだわからないことがいっぱいある。
きのうも千五百名ぐらい規模のパーティーでございましたけれども、村山委員長も来られまして、大々的なパーティーをやりましたけれども、二時間私は物を一つも食べることができなかった。次から次に人が寄ってきてこの住専問題についての質問をされる、こういう状況だと思います。
今村山委員長はせせら笑っておみえになりますが、かつての社会党は、事憲法を守るということは殊のほか熱心だった。人権を守るということについても、我々が指摘をする以上にあなたたちは神経を使っていたのです。 しかし、あなたたちはいわゆる権力を取ったら態度がすっかり変わっておるじゃないですか。今度のこの宗教法人法の運営についても強引過ぎるほどの強引なやり方をやっておるじゃないですか。
そして今日本の政治を考えてみると、社会党委員長、村山委員長が総理になっている世の中ですよ。そして日本の政治のあり方もいろいろ言われている。そして日本の外交について見ても、今申し上げたように、私は余りコンセンサスなき密室外交というのは言いたくはないけれども、そういう印象を抱くことは紛れもない事実ですよね。
その社会党の村山委員長が総理である村山政権、食糧自給率の引き上げ、自給率の目標を明確にできないというのは、社会党の従来の主張に反し、国民に対する約束にも反するのではありませんか。社会党の委員長として、また総理大臣として、お答えをいただきたいと思います。
去年の五月の話、十二日の本会議で、まだ野党時代の村山委員長が羽田総理に質問された一節、御記憶だと思いますけれども、こう言っておられます。「有事立法は、現在の国際関係からは到底考えられない我が国に対する急迫不正の侵略があった場合を無理に想定して、自衛隊出動などのために国民の権利を大幅に制限することが必要であると主張し、そのための法制をあらかじめ準備しようとするものと思われます。」
ただ、社会党の村山委員長の総理の誕生なんですから、少なくとも一度は消費税廃止法案を提出された後、改めて税制の見直しをしたその上で消費税率五%とされるべきだと投票した有権者は思っています。そして、一言「ごめんなさい」と言っていただきたいとも思っていられるのです。
○河野国務大臣 私は、この夏に、当時の、かつての、あるいは旧と言った方がいいかもわかりませんが、旧連立政権が政権を投げ出された、そういう政局が混乱した状況の中で、社会党の村山委員長と十分なお話し合いを申し上げ、政局混乱のこうした状況を何としても直さなければいかぬ、そのためにはそれぞれの党がそれぞれの主張をかたくなにぶつけ合うだけではなくて、政局を安定させるために、時に話し合って合意点を見つけ政局を収拾
書いてもないことまで言って公約違反でないということを一生懸命におっしゃるということになると、日本社会党という党、村山委員長が本当に政治家として国民にどれだけ責任を負っておられるかということに疑問が出てきます。 社会党本部にあったあの消費税反対闘争本部の看板は、あれは看板に偽りあったんだということですか。
尊敬する日本社会党の村山委員長に対して、きょうは内閣総理大臣、村山総理という立場で質問できるということについては、感激というか、感慨無量であります。
ただ、今河野副総理は非常に紳士的な丁寧な社会党をおもんぱかっての言い方をされましたけれども、私ここで一つ指摘しておきたいのは、当の相手の村山委員長は必ずしもそのような、河野副総理のように紳士的なことをおっしゃっていないということを一つ例を挙げたいと思います。 九月三日ですから、政権ができてからもう随分たっております。
しかも、これは最終的には当時の村山委員長、羽田総理大臣、その他の十派の各党首の皆さんの中ではおおむね合意になろうとしておった。ところが、幹事長・書記長会談の場で突然その合意が破棄された。しかも、政策が一致している部分を認めるんじゃなしに、不一致の部分を拡大してぶつけてきた。まさに当時の野党であった自民党に対して、内部を攪乱し、一人一人引き抜こうとするような企てが行われた。
例えば、ことし一月十一日の社会党大会で村山委員長は、減税の財源を消費税率アップに結びっけることについては断じて認めることはできません。減税の財源は徹底した不公平税制の是正、世界の軍縮の波に沿って防衛費の見直し、不要不急の歳出を削り、足りない分は短期の特別国債で賄うべきだというのが社会党の主張でございますというふうに申しておられるわけであります。当時も与党であります。社会党は与党であります。